エッセイ募集「私の思い出。あの日あの味」

選評:三輪太郎(第2回)

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選評:三輪太郎

人から人へ感染する言葉

 どだい甲乙つけられぬものに甲乙をつける。無茶である。選ぶ側の人生がそのまま選考に投影されるから、各委員の票は一部で重なりあうものの、大方はきれいにばらけてしまう。

 最優秀賞・優秀賞受賞作への言及は座談会(7/15公開)でなされているから、ここではそれら以外の作品について触れてみたい。

 朝比奈さんの「『もろぶた』と父の思い出」。寿司を押す蓋の上に乗る足と、父の背中に「乗っかってマッサージ」をする足、二つの足裏の感触がつながりあう。足裏の感触にもう数行の描写があれば、さらに良かった。

 各務さんの「修道院とおやつの時間」。ただのお菓子を特別の「おやつの時間」に変える、シスターたちの魔法。それが「心の節目」という語に昇華されていることに感服した。

 八代さんの「バイト先で食べたサンドイッチ」。砂川事件当時の米軍立川基地内の様子の活写。到着機の残飯処理、基地内作業員のやさしさと意地悪さ、敗戦国の悲哀が隅々に滲む。貴重な史料でもある。

 新垣さんの「アンダカシー」。一九五〇年代那覇の食糧難。そんなときにも弾ける笑顔を授けてくれた油粕の揚げ物。「ひとの五感の不確かさは、まるで陽炎のように朧気で心もとなく……」の一文が心に染みる。

 山村さんの「ばばの焼きそば、B級グルメ」。食の記憶の再検討が、母の記憶の再発見へとつながる。ばばはなぜか、ホオズキをブーブーッ鳴らしながら料理した。このホオズキがいい。

 近藤さんの「母がくれた特別な味」。不登校になった娘に、母は毎日、立派なお弁当を作る。娘は罪滅ぼしのつもりで、必死に完食する。親子をつなぐ無言の食の儀式。「にこちゃん」ピックが哀切だった。

 永田さんの「いつもこうだといいのにね」。若い筆者は食と人生との切り結びを逆手にとり、つねに飴を持ち歩いて、新たな人間関係構築に役立てる。そのちゃっかりぶりが頼もしい。

 安藤さんの「おにぎり」。樺太から内地への引き揚げ。車中、見ず知らずの人から渡されたおにぎりが、「置物」のように筆者の脳裏に刻まれる。そして、「置物」の一語が、見ず知らずの一読者たる私の脳裏に刻まれる。言葉が人から人へ感染する。

 全作品に言及したかったが、叶わぬことをご寛恕願いたい。

●みわ・たろう

1962年生まれ。作家。東海大学文化社会学部文芸創作学科教授。著書に『憂国者たち』『死という鏡 この30年の日本文芸を読む』『大黒島』など。

お気軽にお問い合わせください TEL 03-3227-3700 東海教育研究所「あの日あの味」事務局(担当:寺田)

募集の概略

規定 作品は1800字以内
賞  最優秀賞1編(10万円)
   優秀賞3編(3万円)
   佳作10編(5千円)
締切 2018年1月31日(消印)
発表 『望星』2018年7月号誌上
選考委員 太田治子(委員長)
     島村菜津
     水島久光
     三輪太郎
主催 株式会社 東海教育研究所
後援 株式会社 紀伊國屋書店
   株式会社 新宿高野
   株式会社 中村屋

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